津波記憶石

忘れてはならない記憶を石に刻む|津波記憶石 【釜石根浜】

裏山に逃げよ。


2011年3月11日 午後3時9分〜24分
子供達、そしてその次の子供たちに伝える為に
この津波に被災した者としてその教訓を伝える。
津波は、この津波記憶石の10m上まで襲ってきた。
地震津波はいつ発生するか不明だが
日頃より、今いる場所からどこへ逃げれば良いかを決めて
おくことが大切。地震発生から逃げるには十分な時間である。
この津波石の裏山15m以上登れば安全な場所に辿り着く。
家族達やここに集まった人たちに伝えます。


裏山へ、逃げよ。
ここより15m上へ、逃げよ。



子孫たちを避難誘導する「導きの石」となれ - 「津波記憶石」建立計画がスタート 防災グッズマガジン12/01

津波の恐ろしさを後世に伝え、犠牲者を慰める

  
3.11の東日本大震災での津波の恐ろしさを後世に伝え、犠牲者の慰霊のための「津波記憶石」建立計画がスタートする。その最初の石碑が岩手県釜石市の根浜海岸の松林に、12月初旬に建立され、12月9日午後1時半に関係者が参列して除幕式が行なわれる。

津波被害を受けた沿岸部500kmに500石碑の建立を目指す


この「津波記憶石」建立計画は、全国の優良石材店約300社で構成する墓石業者の全国組織「一般社団法人 全国優良石材店の会」(略称・全優石 / 東京都品川区)が中心になって進める「命の復幸計画」の一環で、岩手、宮城、福島など、津波被害を受けた沿岸部500kmに500石碑の建立を目指している。

犠牲者の慰霊と、子々孫々に記憶を伝える


全優石では、震災後、ボランティア「東日本大震災お墓修復支援隊」を組織し、6月から全国の石材店が被害を受けた墓地の修復に資材を持ち込み、手弁当で支援してきた。

この支援活動を通じて被災者と対話するなかで、今後の課題は失った多くの命を慰霊するとともに、決して忘れてはならない記憶を子々孫々に伝えることではないか、という結論にたどり着いたという。

「此処より下に家を建てるな」


東日本大震災では、先人から受け継がれた教訓を守ってきたことで被害を免れた地域があったことで話題となった。

それが、「此処より下に家を建てるな」と刻まれた津波石であった。

これがヒントになって生まれたのが、「津波記憶石」建立計画というわけだ。

ウオーターラインや人目に付きやすい場所に「津波記憶石」を建てることによって、これを「祈りの慰霊碑」として、また「命の記憶石」として、後世に長く語り継いでいってもらいたいとの願いが込められている。

QRコードも貼付


石碑には、ステンレスに刻まれたQRコードが貼り付けられ、訪れた人が携帯電話で読み取るとホームページにリンクし、津波前の街や津波の様子、さらに未来に伝えるメッセージなどを閲覧できる「IT津波記憶石」でもある。

多くの人が目にすることに意味がある


津波記憶石」の立地は、津波到達点のほか、多くの人が集まり、目に付きやすいポイントにも建てられる。そして、逃げる方向や、その場所より何メートル上に津波が到達したかを警告する碑文が刻まれる。到達点も大事ではあるが、防災の観点からは、多くの人の身近かな場所で目にすることに意味があるのだ。

そのため、釜石市では、この根浜海岸の他に3ヶ所の建立地が候補として選ばれている。また他の市町村でも検討が進んでいる。