のぼうの城 個性溢れる面々

「のぼうの城」ができるまで 連載⑫10/16

第十二回 「キャスティング」 その1


のぼう様こと成田長親を野村萬斎さんにお願いしたのは

前述の通り、

ごく初期の05年の段階でした。

というか、萬斎さん以外は、

全く候補が出ていなかったと記憶しています。

のぼう様はこれといった能力が無いにも拘らず、

回りの人間たち全てを魅了してしまう人物です。

そんな無茶な、というかいわば「無理目な」人物には

何か特別の、雰囲気、空気感が必要です。

小説にはのぼうの外見に関する表記がありますが、当然我々は

それ以前の脚本をもとにキャスティングをしています。

その際に最も重視したのも、俳優自らが醸し出す空気感でした。

萬斎さんそれはまさしく特別です。

まるで常に宙に5cm浮いているような不思議な佇まいは、

萬斎さんをいつの時代の人物なのかわからなくさせます。

萬斎さんの回りだけはいつも無風状態なのではないか、

そんな気さえしてきます。

そういった独自の存在感がのぼうには絶対に必要だと考えたわけです。

この映画のクライマックスとも言える人工湖での船上の田楽踊り。

そこでの萬斎さんの踊りは見事というしかありません。

と言うか、萬斎さんでなくては

あのシーンは撮影出来なかったかもしれません。

萬斎さんは実際に浮かべた船の上で田楽踊りを行っています。

揺れ続ける船の上でです。

しかし、実はキャスティングする際、

萬斎さんが踊れるということを

少なくとも僕は全く考慮に入れていませんでした。

つまりそのくらい萬斎さんの存在そのものが、

のぼう様だと考えていたのです。



同じことが、のぼうの親友、

正木丹波役の佐藤浩市さんにもありました。

丹波はまるで自分の足のごとく

自由に馬を乗りこなせなくてはなりません。

これまた実際に撮影をして痛感したのですが、

浩市さんは本当に馬の扱いがうまい。

かつての西部劇俳優のように当たり前に馬を操る。

しかし、キャスティングの際には浩市さんが

馬に乗れるという点は僕らの意識にはあまりありませんでした。

それよりも、丹波の持つ哀しみ、

それは時代が変わって行くことへの哀しみなのかもしれませんし、

天才を友に持ってしまった哀しみなのかもしれませんが、

それを表現できるのは

浩市さんだけだろうという思いがまずありました。

きちんと年齢を重ねてきた人間にしか出せない

重層的なキャラクターが丹波には必要だったのです。

「のぼうの城」ができるまで 連載⑬10/16

第十三回 「キャスティング」 その2


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そして甲斐姫にキャスティングしたのが榮倉奈々さん。

彼女は手練手管で芝居をしない女優さんです。

毎回その役柄に正直に向き合い、真正面からその役を掴もうとする。

それ故にいつも演技が新鮮です。

その新鮮さが甲斐姫には必須だと考えたわけです。

今回も時代劇初挑戦であること以前に、

まず甲斐姫というキャラクターに真っ向から向き合ってくれています。


靭負は成田軍の侍大将で最も若く唯一実戦経験がありません。

そんな若さ故のプライドとコンプレックスを表現できる俳優として、

成宮寛貴さんにオファー。

若くしてすでに様々な役柄を演じてきた成宮さんならば、

靭負を演じられると考えたのです。

そんな彼と浩市さんや山口さんとのコミカルなやり取りは

この映画の一つの見所にもなっています。


そして成田軍一の侍大将、和泉にはぐっさんこと、山口智充さん。

キャスティングをする際、いつも気をつけていることがあります。

「納まりが良くなりすぎない事」です。

あまりに納まりが良いと

その映画の印象がおとなしくなってしまうのです。

そんな意味からも和泉にはいわば異業種の山口さんをと考えたのです。

結果は大正解。

普段のテレビ番組では決して見る事のできない、豪腕で豪快、

アドレナリン出まくりの山口さんがそこに存在しています。


公開前の現段階で一番物議をかもしているのが

石田三成役の上地雄輔さん(笑)。

知将三成をなぜ、上地に?といった疑問なのでしょう。

しかし両監督含め、我々は自信をもって「上地三成」を

皆さんにプレゼンテーションします。

三成は世代的にものぼうや丹波より若く、

まだ意気盛んで野心に満ちています。

でもその本質にはある種の純粋さ、邪気の無さがある。

だからこそ秀吉に心酔し、あこがれ、全く同じ戦い方までする。

しかも、敵方であれその人物を認めれば

屈託の無い笑顔さえ見せてしまう。

そんな少年性を持った俳優として候補に上がったのが上地さんでした。

本編を観ていただければ多くの観客が

上地さんの演技に驚愕するのではないでしょうか?

純粋で、しかも胆の座った見事な三成がフィルムに出現しています。


三成の盟友、大谷吉継は戦上手で友情に厚く、

歴史通の方々からの人気がとても高い戦国武将でもあります。

実力派の山田孝之さんにお願いしたのは

そんな吉継を説得力を持って演じてくれると考えたから。

実生活でも友人である上地さんとのやり取りは、

男同士の友情を堪能させてくれます。

また戦場での立ち振る舞いもまさに名将。

実際の戦国武将もかくありなんという姿です。


良い意味で典型的憎まれ役の長束正家には平岳大さん。

こういった役はきちんとした演技派でなくてはと

平さんにお願いしました。

もちろん彼のノーブルな顔立ちやガタイの良さも魅力でした。

平さんの徹頭徹尾、卑怯で姑息な正家を(笑)、

是非楽しんでいただければと思います。


天下人、秀吉には市村正親さん。

天下統一直前の秀吉のオーラを市村さんの経験と技術、

そして人間としての圧力で表現していただこうという狙いでした。


他にも西村雅彦さん、平泉成さん、

夏八木勲さん、中原丈雄さん、

そして自ら珠役を名乗り出ていただいた鈴木保奈美さんら、

理想的なキャスティングが実現しました。


加えて、両監督がこだわったのが農民たち。

映画には久しぶりの本格出演となる前田吟さん。

仁義なき戦い 広島死闘篇』にも出演している

映画俳優ぶりが本作では堪能できます。


その息子夫婦には中尾明慶さんと尾野真千子さん。

そして娘には名子役、芦田愛菜ちゃん。

結果として随分豪華な農民たちになりました。