「仙石線・仙石東北ライン」出発振興!!


http://mainichi.jp/select/news/20150530k0000m040118000c.html 05/30

JR仙石線:被災した乗客ら万感の思い…30日、全線復旧


宮城県石巻市仙台市を結ぶJR仙石(せんせき)線は30日、東日本大震災から4年2カ月ぶりに全線復旧する。津波で線路が流出した東松島市の野蒜(のびる)駅付近では震災発生直後、上下2本の列車に計約150人が乗り合わせていた。極限の状況下で助け合った乗客たちは、運行再開を万感の思いで待つ。【伊藤直孝】

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石巻市ホームページリニューアルに伴うURL変更のお知らせ - 石巻市 05/29

石巻と仙台を繋ぐ「仙石線」がついに全線開通!
新たに「仙石東北ライン」も運行を開始します♪
会場には、「水木一郎」さんや「遠藤正明」さんも駆けつけるほか、「いしぴょん」や
シージェッター海斗」なども登場します!
石巻駅をはじめ、中心市街地の商店街、石ノ森萬画館にて、開通記念イベントが盛りだくさん♪
皆様のお越しをお待ちしております!


【イベント内容】
日時:平成27年5月30日(土曜日)
場所:石巻駅・駅前広場・中心市街地商店街・石ノ森萬画館

(1)始発電車お見送り
場所 JR石巻駅1・2番線ホーム
○5時25分石巻駅仙石線一番列車
○6時35分石巻駅発仙石東北ライン一番列車

(注)ホームへの入場には、JR入場券(大人140円、子ども70円)が必要となります。


(2)仙石線・仙石東北ライン開通記念式典
場所 JR石巻駅1・2番線ホーム
○8時00分 石巻小学校鼓笛隊演奏
○8時10分 開式
○8時49分 テープカット
○9時3分 出発合図によるお見送り
○9時5分 閉式





(3)お帰りなさい仙石線マンガッタンライナー
場所 JR石巻駅1・2番線ホーム
○9時42分  仙石線マンガッタンライナー到着
○9時43分  コスプレイヤー記念撮影
○10時00分  出発セレモニー
○10時24分  仙石線マンガッタンライナー出発。水木さんの号令のもと「出発進行だZ!!」

・震災から4年ぶりに石巻駅に入線する仙石線マンガッタンライナーをみんなでお出迎えしよう!

(9)さようならJR石巻線マンガッタンライナー
場所 石ノ森萬画館特設ステージ
時間 14時30分からシージェッター海斗ショー
    15時00分から遠藤正明アニソンライブ






https://twitter.com/renampme/status/604806789167579136

松井玲奈 @renampme
仙石東北ライン開業
仙石線全線復旧
おめでとうごさいます!
新型ハイブリット車両E210系からの先頭の景色はいいものですよ♪









http://mainichi.jp/select/news/20150530k0000m040118000c.html 05/30

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◇車内待機「運あった」

 「キャー」。悲鳴が響き、横揺れが続く。2011年3月11日午後2時46分。石巻行き下り列車(4両編成)は野蒜駅から約600メートル進んだ小高い丘で緊急停止した。運転士は輸送指令室の指示で、指定避難場所だった野蒜小学校に向かうため乗客約100人を車外に誘導し始めた。

 東京の得意先回りを終え、帰社途中だった石巻市の水産加工会社「ヤマサコウショウ」部長の阿部義美さん(66)は周囲を見て運転士に伝えた。「移動中に津波が来るかもしれない。高台のここが一番安全だ」。阿部さんは元消防団員で土地勘があった。運転士は再度指令室の指示を仰ごうとしたが無線がつながらない。意見を受け入れて車両に残ることを決めた。

 阿部さんは最後尾の4両目で海を見ていた。ゴーッという地鳴りが響くと、約50メートル前まで黒い津波が押し寄せ民家が流されていった。「ようし大丈夫だ、助かったぞ」。乗客らが身を寄せ合っていた3両目に戻って伝えると、歓声が沸いた。夕方になると、阿部さんは紙袋から土産物を取り出して乗客に回した。「私も弁当があるから」「こっちにもある」。乗客たちは少しずつはしをつけ、隣に回した。

 乗客は翌朝、3キロ離れた市民センターに避難した。「運が良かった。みんなも冷静に行動できた」。阿部さんは見ず知らずの人同士が力を合わせた一夜を、そう振り返る。「仙石線に乗って、復旧した石巻の姿を一人でも多くの人に見に来てほしい」と願う。


 ◇「希望失わず前へ」

 野蒜駅ですれ違った仙台に向かう上り列車(4両編成)。乗客約50人は野蒜小に避難し被災。下り列車と明暗を分けた。乗客の一人、東松島市野蒜の中村里子さん(75)によると、津波はあっという間に体育館をのみ込んだという。クリスチャンの中村さんは、津波が来る直前に上がった2階観覧席で祈り続けた。津波をかぶった子供を観覧席に引き上げる大人を野蒜小の児童が声を出して励ましていた。体育館では13人が亡くなり、JRによると、少なくとも乗客1人が犠牲になった。

 中村さんは自宅を再建し、現在は代行バスを使って仙台の長女宅や教会を行き来する。鉄路再開を喜びながらも、線路が内陸の高台に移り、車窓から海沿いの景色が見られなくなることに寂しさも感じる。「野蒜が今後どうなるか分からないが、失望せず前に進みたい」。助け合った記憶を胸に、そう誓う。